さぬきのムムム 自然栽培農場 | 沿革

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 さぬきムムム自然栽培農場は2008年に山西農園として誕生しました。山西農園の母体は山和土木という土木建設会社です。山和土木は、山西和雄によって1986年に設立されました。山西はそれまでサラリ-マンをしていたのですが、幼いころからの夢を実現すべく脱サラし、独立を果たしたのです。山和土木は多くの方の支援と幸運に恵まれ、1998年の高速道路の開通と同時にその保全を担当することになり、事故に伴う四国内の高速道路の補修から雑草刈りまで引き受けています。tsuchi.jpg▲雑草から作った土(堆肥)
これにともない問題になったのが、刈った後の雑草や樹木の処理です。当初は焼却処分にしていたのですが、量が増えるにつれ環境への負荷に山西は心を痛めるようになり、これを有効活用したいとの思いが強くなりました。そこで取り組んだのが、刈り取った雑草から土(堆肥)を作ることです。この事業は農協で30年以上農業指導に従事した山本久芳の入社により軌道に乗り、1999年には雑草から堆肥を安定して大量に作ることができるようになりました。これをさっそく販売しようとしたのですが、販路がなく年間300トン(元の雑草の重さでは1000トン)に達する大量の堆肥を販売できるめどはつきませんでした。
様々な販売策を講じた後、窮余の策として浮上したのが、自社による消費、すなわち農業への進出です。ちょうど3棟、計600坪に達する栽培用ハウスをリースすることができ、山西農園が2008年に設立されました。山西農園では完全無農薬の野菜を中心に栽培を始め、ベテランの山本はじめ若いスタッフの努力もあってすばらしい野菜ができました。しかし、完全無農薬の野菜は通常の販売ルートにのりにくく、せっかくの完全な無農薬栽培を活かすことができませんでした。山西曰く、この時点では山西農園は「社長の趣味」の段階を超えることはできなかったのです。
DSC_4559.jpg▲さぬきのムムム自然栽培農場次なる飛躍は山西が2010年に村山昇作と出合ったことから始まります。村山は30年近くを日本銀行のエコノミストとして過ごしたのち、東かがわ市にある帝國製薬株式会社に2001年に転職し、それ以降代表取締役社長として経営にあたりました。村山は仕事のかたわら、マクロビオティックの考え方に共鳴し、農薬、肥料を全く使わない自然栽培の玄米、穀類、野菜を中心にした食生活を送っていました。こうした自然栽培の農産物はなかなか手に入りにくいところから、自分で栽培することを考えていた村山と山西の出会いにより、山西農園の栽培法が自然栽培という背骨によって補強されると同時に、農場経営についても作り手の都合に終わるのではなく、常にその出口に最終消費者のことを念頭においたビジネス・モデルを考えるようになったのです。そして運がいいことに約1万坪に及ぶ耕作放棄地をリースすることができ、2011年4月に山西農園は「さぬきムムム自然栽培農場」として再出発することになりました。
さて、さぬきムムム自然栽培農場の「ムムム」ですが、これは無農薬の無、無化学肥料の無、そして無動物質由来の資材の無を意味すると同時に、「ムムム、これはおいしい」と言った感動の言葉も織り込んだ名前です。



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農家のピューレ